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2005年11月 7日 (月)

絶体絶命

絶体絶命ということばがあります。

辞書を引きますと、「体も命も極まるほどの、到底逃れられない困難な場合、立場にあること」とありますが、庶民にとって、それほど命にかかわるような場面に出くわすことは、そうそうありませんから、のっぴきならない状態になった場合に、頭にふっと浮かぶことばでしょうか。

「じゃあ、切ってもらおうか」

熊さんは、おかみさんを促して、いそいそと散髪の準備を始めました。

昨今は、スキカルというものがありまして、素人でも、なんとか散髪ができますので、熊さんのうちでも子供が生まれてからずっと、子供の散髪はおかみさん任せになっていました。子供も嫌がることなく、テレビゲームなどしながら、頭を委ねています。

ある日のこと、それを見ていた熊さんが、自分もおかみさんに散髪をして欲しいと言い出しました。

おかみさんは、美容師でも、理容師でもありません。サラリーマンの熊さんの頭をあたるなんて到底できそうにありません。すかさず断ったのですが、散髪屋に行くのが面倒な熊さんは、なんとかかんとか理由をつけて、とうとう承知させてしまいました。

そして、熊さんの散髪は、いつのまにかおかみさん任せになってしまいました。

「うん、このあたり、ちょっと膨らんでるから、もう少し切ってくれ」

「うーん、もうちょっと、上手にできねえかなあ。櫛をこう当てて、はみだした髪をハサミでちょいちょいと切りゃあ、済む話じゃねえけぇ」

「不器用なやつだなあ、おめえ。工夫ってえもんが足りねえんじゃねえか」

ここでついにおかみさんはハサミを投げ出します。

「もう、わたしゃ、理容師の勉強も美容師の勉強もしたこたあないんだからね。そんなに言うのならおまえさん散髪屋に行っておくれ」

それでなくても大の男の髪をどういう具合に切ってよいやら皆目見当がつかないのですから、おかみさん、熊さんのことばに、たびたびつむじを曲げます。

素人がするのですから、うまくいくはずがありません。

それでも熊さんはおかみさんをなだめたり、すかしたりしながら髪を切ってもらっていました。

そのうち、おかみさんも諦めて、それなりに上手にできるよう、自分が美容院に行ったときには、プロの技を鏡越しに眺めて、切り方など見てくるようになっていました。

さて、準備は整ったようです。

順調にハサミが入り、熊さんの髪が、敷かれた新聞の上に、ササッ、ササッと落ちていきます。

いよいよ仕上げです。

スキカルの電源を入れ、際刈りにセットし、耳の後ろから襟足に向かって刃を滑らせ始めました。

「あっ!」

「どうした」

「いいっ!」

「“いい”って、次は、“う” じゃあるまいな」

「ううっ」

「いってえ、どうしたんでえ。落語じゃあるまいに、“あっ”、“いっ”、“うっ”、てえ…。次に“ええっ” “おおっ” と、くりゃあ、笑ってやらないでもないが…」

おかみさんは青くなっていました。

ふっと手が滑り、髪の際をはずれ、切らないでも良いところに刃が入り込んでしまっていたのです。

白い地肌の2センチくらいの三角形が、耳と襟足の中間あたりで、はっきり、浮き彫りのような姿を現しています。

絶体絶命。 万事休す。

どうしよう。

おかみさんの心の中で葛藤が始まりました。

そらご覧。素人のあたしに無理やりさせるからこんなことになるんだよ。ああ、どうしよう。このまま黙っていようか。そうしよう。でもこのままじゃあ、この人が電車や会社で笑われるよ。

「おまえさん、どうしよう…」

「何を、どうしてえ」

「それが…そのお・・・」

「じれってえなあ、どうしたい」

そのお、手が滑って…。ここんところに禿げができちまった

「……??」

「禿げぇっー?」

熊さんは持っていた手鏡を後ろにかざしてその部分を見ようとしますが、合わせ鏡ではないので問題の部分は到底見えません。

「どのくらいの大きさなんだ」

おかみさん、指で大きさを作って熊さんの前に差し出しました。

「おめえ、なんてことしてくれたんだ。ハサミを使わないで、でぇじょうぶだろうかって、さっきから思ってたんだ。」

「えーん、だから言ったんだよお。わたしの腕なんぞ、子供の散髪くらいが関の山だってえ」

熊さん、腕組みをして、

「できたものは仕方ねえ」

「さてどうするか。とりあえず仕上げてくれ。その間考えるから」

「おまえさん、後生だから、このまんま散髪屋さんに行って、刈りなおしてもらっておくれ」

「いや、止めとく。めんどうだ」

というわけで、おかみさん、なんとか仕上げだけは済ませました。

その間、熊さんが悩んだ末考え出した策は、禿げのできた部分にカットバンを張ることでした。

ところが、周りの髪の毛が邪魔をして上手く貼れません。

「2枚くらい貼ってみろ」

おかみさんがバッテンに貼ってみようかなどと思案していると、

「まてよ、でもそうするってえと、カットバンがやたら目立って、頭におできができたみたいで、周りの人間に気持ち悪がられるかもしれねえなぁ」

「おまえさん、マジックで黒く塗りつぶしてみようか」

「マジック? 色が合うか?」

「う~ん」

「……」

「待って! そうだ! あたしの眉墨で塗ってみようか」

おかみさん、急いで鏡台から眉墨を持ってきました。

恐る恐る熊さんの頭のバッサリと髪の毛の落とされた部分に自分の眉を書くように一本ずつ丁寧に短い髪の毛を書いていきました。

「おおっ! 成功! バッチリだよ!」

「そうか、そうか、わからないか」

夫婦は手を取り合って喜びました。

それからというもの熊さんの髪の毛が長くなるまで、毎朝、おかみさんは後ろに回って頭に髪を書いてやりました。

絶体絶命。運命共同体。

共に危機を乗り越えることは大切なことです。それを乗り越えてこそ、夫婦の絆というものはますます深くなるのです。

その後、しばらく、熊さん、首筋近くの汗を拭くと、ハンカチが黒くなると、しきりにぼやいてはいましたが。

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コメント

ここんさんこんばんは☆
昔shirohigeと名乗っていた者です(笑)
引っ越してしまったブログを見ていたら
ここんさんからいただいたコメントがあり、
懐かしくなっておじゃましました。
これってノンフィクションじゃないです
よね??? こういうお話更新されていた
のですね~なんだか現代落語のようでした☆
おヒマがございましたらまた「おじつぶ」を
のぞいてやってくださいな☆

投稿: にこぴろし | 2005年11月15日 (火) 23:47

にこぴろしさん、こんにちは。
ご無沙汰しております。

このおはなしですか?
実は実話です。
本人たちの強い要望がありまして、匿名にしております。_(^^;)ツ アハハ


>おヒマがございましたらまた「おじつぶ」を
>のぞいてやってくださいな☆


はい、是非。
“おじいとおばあ”
また、会いに行きます。V(○⌒∇⌒○) ルンルン

投稿: ここん | 2005年11月16日 (水) 10:12

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