創作小説・鬼

2016年3月26日 (土)

『鬼』・1

 

  P3260841_r


  

  目を凝らして見たってわからないと思いますよ、私の姿は。
  見ようとして見えるものではないのです。
  風の中に私の香りは、微かに漂っていることでしょう。
  闇の中に私の影は、おぼろに浮かびあがっていることでしょう。
  けれども
  あなたは、私を見つけることはできません。

  でも大丈夫。
  私があなたを見つけているから
  暗闇の中でも私があなたを見つめているから。



    * *   *   *   *


   『 鬼 』  ・1

 

微かな風が動いて、汗ばんだ肌をなでてゆく。

目の前を二羽のつばめが前後して、埃っぽい白い道すれすれに飛んでいった。

四郎はひたすら街道を東に向かって歩いていた。

商いがうまくいかず、尻尾を巻くように国に帰ることに抵抗がないわけではないけれど、京の都は住みづらかった。借金を抱えたわけではないので、もうしばらく商売を続けていれば、そのうち軌道に乗るのではという人もいたが、山や野原を駆け回って育った彼には、人と人が関りを持たなければ成り立たない細やかな気配りと駆け引きを必要とする商売というものに苦痛さえ感じていた。それにこの五年半という歳月は、自分の才覚のなさをはっきりとわからせるに十分なものがあった。

国に戻ろうと決めたとき、心を支配したものは、悔しさよりも一種の安堵感だった。肩の荷が下りる、まさにそれだった。

都を離れた当初は、浮き立っていた心も旅の空が何日も続き、故郷がまだ先であることを実感するにつれ、四郎は一人旅を心細く思うようになってきた。

ここ数年の間、各地で頻繁に起きている戦乱のため、街道には、得体のしれない輩達が屯し、無遠慮な視線を道行く人々に投げかけていたからであった。

午後の日差しの中、汗がねっとりと体に張りついてきた。立ち止まって手ぬぐいで、額の汗をぬぐった時、行く手に胡散臭げな一団を見つけた。それと同時に自分の周りに行き来する人の姿がないことにも気がついた。懐には商売が軌道に乗らなかったとはいえ、まだ何がしかの金子や餞別が入っている。そう思うと不思議なことに、不穏な輩は、誰も皆、追いはぎや夜盗の類に見えてしまう。

そんな不安を感じ取ったのか、そのひと固まりの中の一人がこちらを見ながら立ち上がった。

四郎は、慌てて道を逸れ、林の中に入った。

一団から大声が上がった

追ってくる。

四郎は走り出した。 

恐怖心は自分のたてる足音や木々をかき分ける音をも、追っ手のものだと思わせる。

 

                                    つづく

  

===============================

  以前、書いていたものを書き直してみました。(*^▽^*)

  

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『鬼』・1

 

  P3260841_r


  

  目を凝らして見たってわからないと思いますよ、私の姿は。
  見ようとして見えるものではないのです。
  風の中に私の香りは、微かに漂っていることでしょう。
  闇の中に私の影は、おぼろに浮かびあがっていることでしょう。
  けれども
  あなたは、私を見つけることはできません。

  でも大丈夫。
  私があなたを見つけているから
  暗闇の中でも私があなたを見つめているから。



    * *   *   *   *


   『 鬼 』  ・1

 

微かな風が動いて、汗ばんだ肌をなでてゆく。

目の前を二羽のつばめが前後して、埃っぽい白い道すれすれに飛んでいった。

四郎はひたすら街道を東に向かって歩いていた。

商いがうまくいかず、尻尾を巻くように国に帰ることに抵抗がないわけではないけれど、京の都は住みづらかった。借金を抱えたわけではないので、もうしばらく商売を続けていれば、そのうち軌道に乗るのではという人もいたが、山や野原を駆け回って育った彼には、人と人が関りを持たなければ成り立たない細やかな気配りと駆け引きを必要とする商売というものに苦痛さえ感じていた。それにこの五年半という歳月は、自分の才覚のなさをはっきりとわからせるに十分なものがあった。

国に戻ろうと決めたとき、心を支配したものは、悔しさよりも一種の安堵感だった。肩の荷が下りる、まさにそれだった。

都を離れた当初は、浮き立っていた心も旅の空が何日も続き、故郷がまだ先であることを実感するにつれ、四郎は一人旅を心細く思うようになってきた。

ここ数年の間、各地で頻繁に起きている戦乱のため、街道には、得体のしれない輩達が屯し、無遠慮な視線を道行く人々に投げかけていたからであった。

午後の日差しの中、汗がねっとりと体に張りついてきた。立ち止まって手ぬぐいで、額の汗をぬぐった時、行く手に胡散臭げな一団を見つけた。それと同時に自分の周りに行き来する人の姿がないことにも気がついた。懐には商売が軌道に乗らなかったとはいえ、まだ何がしかの金子や餞別が入っている。そう思うと不思議なことに、不穏な輩は、誰も皆、追いはぎや夜盗の類に見えてしまう。

そんな不安を感じ取ったのか、そのひと固まりの中の一人がこちらを見ながら立ち上がった。

四郎は、慌てて道を逸れ、林の中に入った。

一団から大声が上がった

追ってくる。

四郎は走り出した。 

恐怖心は自分のたてる足音や木々をかき分ける音をも、追っ手のものだと思わせる。

 

                                    つづく

  

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  以前、書いていたものを書き直してみました。(*^▽^*)

  

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